ワンコと私とビートルズと

13歳で亡くなった愛犬(チワワ)の介護日記とビートルズ好きな主婦の日常…

カテゴリ: ポールマッカートニー

2013年10月、ポールの6年ぶりのアルバム、「NEW」が発売され、その1か月後の11月、ポールは11年ぶりに日本公演を行いました。

 

 

精力的に世界中を回っていたポールでしたが、日本にはもう来ないのかと諦めていた矢先の事でした。

 

関西空港から日本入りし、大阪→福岡→東京 が公演地。5cc1f943.jpg

 

福岡では20年ぶりに大相撲九州場所を観戦し、NHKの生放送中にポールが紹介されていましたね。懸賞金をだしたことも話題になりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、福岡に参加。

 

久しぶりに見たポールは、スマートでカッコよく、神々しくて、思わず「美しい!」と叫んでしまいました。おねがい

 

若い時とキーも変わらず、ギター、ピアノの演奏もしながら、2時間45分を歌いっぱなし、MCもして、あっちこっちと小走りで動き回り、汗びっしょりになっている姿は、プロだなあとつくづく感心、感動、感激ものでした。 

 

 

 

 

 

 

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しかも、この時、ポール、71歳!54歳の美しいナンシー夫人と結婚してから益々元気に若々しくなっています。

 

顔をアップで見ると年齢相応にも見えるのですが、ステージでのポールは、ビートルズ時代のポールそのままに見えるのです。

 

スタイル、動き、表情、ビートルズのポールのままなのですラブファンにはたまりません!

 

 

面白い事を言って笑わせてくれるサービス精神も健在で、福岡では、

 

帰ってきたバイ!」 「日本語ガンバリマス!バッテンが、英語の方がウマカヨ!」 「もう一曲、ドゲンネ?

 

と、方言で話しかけてくれました。

     四股もふんでくれましたよラブ

 

 

この公演は、それまでと違いました。うまく言えませんが、おそらく他のファンの方たちも同じ気持ちになったと思います。

 

 

自分達もポールと一緒に年齢を重ねてきて、人生を振り返りあれこれ考える時期、夢と現実の間にため息をついたり、これからも来るであろう困難な問題に悩んだりする年頃、そんな日常のストレスをポールが全て持っていってくれたみたいな爽やかな気持ちになりました。

 

おそらく世界中の、ライヴを観たファンは同じような体験を味わうに違いありません。

涙を流すファンがいるのも頷けます。

  

 

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ポールは凄い仕事をしていると思います。高齢だから、体力的にもきついと思うけど…

どうしてそこまで頑張るのでしょうか?

 

お金の為に働いているわけではないはずですから、

ポール自身が、自分の使命として、音楽を通して人々を救う為に歌ってくれるのだと感じます。 

最近寒くなってきましたね。北国の方、雪との闘い、本当に大変ですよね。

 

さて、途中ジョージの話にそれてしまいましたが、ポールの話題に戻します。

 

ポールは2002年、ソロとして3度目の来日公演を行いました。

 

ドライヴィング ジャパン ツアー”です。

 

 

この公演の日までには、98年に最愛のリンダの死、01年にジョージの死という悲しく辛い出来事がありました。

 

2002年には、ヘザーミルズと結婚し、幸せを掴んだポールは再びツアーに出たのです。

(後に、ヘザーとは泥沼離婚(T▽T;))

 

 

11月東京と大阪で全5公演でした。大阪公演はこの時が初めてで、私は大阪に行きました。

 

 (当時大阪ドーム)

 

 

この時、ポール60歳。まだまだ若々しく、元気でした。

 

 

 (パンフレット)

 

 

この時から、ジョンに加えてジョージの追悼コーナーが加わりました。この時は、ジョージにもらったというウクレレのみで、サムシングを歌っていました。

 

 

 

この時感じたことは、ポールが、カッコよさより、面白いキャラクターになっていたこと。

おそらく、衣装や髪形のせいだったかも。それと、

 

マイド!モーカリマッカ?」なんて言っちゃうからですよ~(≧∇≦)

 

何といっても、この時からバンドのメンバーが現在のメンバーにかわったのが最高です音譜

 

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ドラムのエイブ、ギターのブライアンとラスティが、若々しくカッコよく、バンドが一気に若返っていましたし、パフォーマンスにうっとりする位でした。

 

 

 

実は二人共、ベテランで、見た目は20代に見えましたが、当時40代だったとは驚きです。 

 

 

         (ラスティ)                                          (ブライアン)

 

 

実はこの頃、自分の体調が悪く、行こうかどうか悩んだのですが、勇気をだして行きました。

 

行ってよかったです。

 さて、やっと日本に来てくれたポールでしたが、なんと嬉しいことに、再び3年後の1993年に戻ってきてくれました!51歳です。

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前回は東京ドームのみでしたが、今度は福岡にも来てくれました。

 

 

もちろん、行きましたよ。この時は福岡に。

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再びの興奮を味わいました。この頃のライブは、「明日への誓い」を歌ってくれていたのですが、最近はセットリストにないので、残念です。

 

 

前回は、「フラワーズ インザ ダート」、この回は「オフ ザ グラウンド」をだした後で、選曲にも新しいアルバムを意識した内容でしたが、ビートルズあり、ウィングスありで、素晴らしいライヴだったことは言うまでもありません。 

 

残念なのは、リンダに会えたのは、これが最後となってしまったこと。

 

 

ちょっと、その前に…このポール再来の前の1991年、そうポールが日本公演を果たした翌年、ジョージ ハリスンが、エリッククラプトンと共に来日したのです。

 

次々と夢がかなった私たちファンは、この頃は人生で一番幸せな時だったかもしれません。

 

 

ジョージの日本公演については、次回書いてみたいと思います。 


1989~90年、ポールは世界13か国、計101公演という大規模ワールドツアーに出ます。

 

日本では、90年3月3日から13日まで東京ドームで全6公演が行われました。

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待ちに待った日本のファンは歓喜し、NHKでのインタビュー、ニュースなどでも取り上げられ、大騒ぎ。新しいファンも増えたと思います。

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まあ、ライヴのスタートがかっこいいこと!ポールのシャウトするノリノリの曲(フュギュア オブ エイト)で始まり、若々しく美しいその姿にうっとりしたものです。

 

 

うっとりしながら レット イット ビー を聴いていた時、ふと「こんな上手に歌うレットイットビーは聴いたことがない!」 なんて思ったんです。当たり前です。本人なのですから。

 

そう気が付いて、改めて、ポールの生の声を聴いているという実感がわいたのでした。

  

 

この時、リンダも一緒にステージにたっていました。「ウチノカミサン!」と紹介していました。

 

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東京ドームの前で。0a35efd7.jpg

 

 

 

  

 

 

 

セットリスト  e581b7fd.jpg

 

 

 

 

世間には忘れられていますが、私の行った日、3月3日は、本来2日目でしたが、初日がポールの体調不良でキャンセルになり、この日が結果として初日となりました。

 

 

このツアーは、映画にもなりました。タイトルは「Get back」

しばらくコンサートツアーをしていなかったポールが、再びファンの前に帰ってきたよ!というメッセージを込めた映画だったと思います。

 

                         

傷だらけですが、映画館で販売されたテレフォンカード。 

 

 

 

 

そして、東京の真砂小学校で、夫婦で植樹。

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この木は、「ポールの木」と名付けられました。7e06c981.jpg
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ポールがぐっと身近に感じた来日でした。

 

 

この公演をきっかけに、自分に精神的刺激をもらい、人生の転機としたファンも多かったと思います。ずっと諦めずに待っていた夢がかなえられた訳ですから、皆の大きな自信につながったと思います。

 

世の中は、バブル期でした。

 

 


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