ポールが来日を果たした1990年の翌年、1991年の12月、ジョージハリスンが、エリッククラプトンと一緒に、ビートルズ以来、初めての日本公演を行いました。

 

横浜→大阪→名古屋→広島→福岡→大阪→東京   と、全国を回ってくれました。 

 

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世界ツアーではなく、日本だけの貴重なコンサート。しかもバンドはエリッククラプトンのバンド。

 

クラプトンをバックバンドにライヴできるのは、ジョージしかいませんよね。なんて贅沢!

 

 

 

初日の横浜では、久しぶりのコンサートということもあってか、緊張したようで、バンドの演奏のノリがいまいち、トップレベルのギタリスト二人が揃うという期待が少し裏切られたような、酷評もあがりました。

 

 

私は、2日目の大阪公演と、後半の大阪公演にいきましたが、2日目は、まだ緊張感がひしひしと漂っていました。次々とヒット曲を演奏するので、圧倒されるのですが、何となく不完全燃焼感がありました。

 

それはジョージに対してではなく、バンドと舞台演出に対してです。

 

 

 

 

  

 

 

 

クラプトンは、ステージの演出は地味で、じっくりと演奏を聴かせるライヴをする人なので、その演出にあわせたのかもしれません。

ポールの様な、MCもほとんどなく、花火ドガーンもなく、派手なギタープレイもなく、二人とも、淡々と演奏し、歌っていました。

 

 

クラプトンは、ジョージのコーラスや、サイドギターを担当し、決して目立たず、たたずまいは地味でした。

 

 

サムシングのサビのギターソロは、素晴らしかった。この公演オリジナルのクラプトンヴァージョンは最高です。

 

 

 

途中、ジョージが休憩、クラプトンのコーナーが30分ありました。

 

ジョージはステージを下がり、クラプトンに交代し、一曲目の、”プリテンディング”が始まった瞬間、「ウオー!」と男性ファンが叫びだし、まるで別世界のようになりました。

 

 

 

クラプトンのバンドですから、上手いのは当然ですが、ジョージの時と比べてあまりにも演奏の迫力が違いすぎて、ちょっと腹がたちました(笑)

 

 

 

初日が酷評された原因は、バンドの練習不足だったと思います。(ギターのアンディは、大阪では派手にミスしていましたから。)

 

 

 

大阪から名古屋、福岡と回っていくうちに、慣れてきたようで、後半の大阪公演は、みちがえるようにノッていました。

 

 

 

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ジョージも余裕が出てきていて、MCも増えたり、笑顔も増え、動きも軽快になっていて、ホッとしたものです。

 

息子のダーニが、ステージの後ろから写真をとっていて、時々フラッシュが光っていました。

 

 

ジョージ大好き人間としては、とにかく日本を好きになってほしい、来てよかったと感じてほしいと祈るのみでした。

 

 

 

この2年間、ポールとジョージにたて続けに会えた体験は、リアルタイムのビートルズを知る幼い自分を思い出すと、絶対に想像もつかないほどのありえない夢がかなった幸せな時代でした。

 

 

 

この時、ジョージは48歳、その後、公式なコンサートツアーをすることはなく、10年後の58歳で天国へと旅立ってしまいました。

 

 

 

この日本公演が、貴重な貴重な最初で最後のライヴとなってしまいました。